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2007年3月 8日 (木曜日)

赫奕たる異端

Cimg3132 昨日の「孤影再び」には参った・・・・・テイタニアとココナの対峙で、キリコが昔のように孤独である事を再確認してしまった。

だから何だ!どうだというのだ!!・・・・・

タイミング的な合致で、今日、DVDで「赫奕たる異端」を見た。

何度も何度も見た、嘗て。・・・・筋も、台詞のタイミングでさえ鮮明に覚えている。当時はかなり冷静に事実を受け入れたつもりでいた。・・・・・・・・・

だが、何故だ??なんで涙が溢れる??

時は流れたのに、キリコはまだ20そこそこなのだ、本質的には当時から何一つ変わってはいない。「恐怖」を初めて感じ、失う悲しさを知った意外は。

はあ、年を取ったせいか、涙腺が弱弱で困る・・・・

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コメント

カクヤク<なぜか変換できない

周りではボロカスな言われようだったカクヤク~ですが
フツーにキリコが動き回ってるのと対照的な
ヨレヨレのロッチナを見てウルウルきてたのは内緒

投稿: asai | 2007年3月 8日 (木曜日) 23時59分

>asaiさん

まいど。

当時は、「これで終わりかよ!!」とか思ったのだが、
今冷静になって考えると、完結しない事で牽引し続けたものがあると感じる。13年経って続編を書き始めたのも、単に時代の要求じゃない。キリコ自身には理念や哲学がない。それは「権力」に通じるから。そう、弱く、子供のようだ。それだけに、簡単な着地はありえない。そういう性質の作品なのだと思う。

投稿: 只野 | 2007年3月 9日 (金曜日) 09時33分

孤影の連載がはじまったときから
ずっと気になっていたことがあったのだけど
それがこんかいやっとわかりました

赫奕のラストで
自分の心の中のキリコを認めたテイタニアが
どうしてすなおになれないのか
わたしにはわからなかった

これは反芻なんです
ココナのことばをかりなくちゃいけなかったのにも
きっといみがあります

只野☆さんの文章にもそれをかんじました

とがにゃんはこの物語のいみが
ちょっぴりみえてきました

今際の際フィアナの頬には
なみだがみえました
DVDでみてはじめてきづいたよ
せつなくてないちゃったです(⊃ω;)

投稿: とがにゃん | 2007年3月 9日 (金曜日) 18時25分

最後のどこにもやりようのない憤りを抱えたキリコの心境に目頭が熱くなりますね。
個人的にこの作品はないほうがよかったと思うしだいです。

>はあ、年を取ったせいか、涙腺が弱弱で困る・・・・
ギタリストの奏でる旋律に涙するおいらにくらぶれば・・・
楽器(エレキギター)の音(歪み)で涙を流せることって幸せだなぁって思うのね。

まあ、これでも聞いて心を落ち着かせましょう
http://solosong.net/diamonds.html

投稿: chaos | 2007年3月10日 (土曜日) 00時45分

>とがにゃんさん

まいど。

本当に不覚だった。何故今頃になって感情が噴出してしまったのか、やっと冷静に考えられる。

「フィアナの死」が、大事件過ぎて、それがひょっとして必然だったのかもしれない事に気が付きもしなかった。

視聴者の想いとしては、2人には安住の地を用意して欲しかったのだが、それでは「ボトムズ」は、その後成立しなくなってしまう。

テイタニアにしても、それでも父を愛している。武人としての誇りもある。建前にしがみついて認められない想いがある。女である事は深いところに存在していてもそれが表面に自然と露出する事はない。ただ、核心に近づくにつれ、表に出さざるを得ない状況がきっと訪れるだろう。

権力や組織に依存しないキリコ。幼稚で、人間的な弱さの塊。
確固たる理念や哲学を全く持ち合わせていない。
そして、フィアナが全てだった。

切なく悲しすぎる。だが、「行かなくてはならない。」と言い残したキリコは、一体何を目指しているのか?「孤影」の中でも、一切伏せられている「目的」が明らかになるまでは、見守るしかなさそうだ。

投稿: 只野 | 2007年3月10日 (土曜日) 01時20分

>Chaosさん

まいど。

>個人的にこの作品はないほうがよかったと思うしだいです。

これはオイラの個人的な意見ですが、

絵画にしろ彫刻にしろ、音楽、小説、映像、全ての創造物は、世に送り出された瞬間、不変な物に変わる。その情報は、解釈のされ方は時代によっても変わるだろうが、事実は変わることは無い。文化とは、民衆から発生した、そうした情報の発信過程で育まれた歴史であって、好みの問題はあっても抹消出きる質のものではない。

だからこそ、作品を世に出そうとする人間は、その時に悩み苦しむ。高橋監督のインタビュー記事を方々で見る度に、その後の苦悩を如実に感じてしまう只野なのでした。

投稿: 只野 | 2007年3月10日 (土曜日) 01時35分

>作品を世に出そうとする人間は、その時に悩み苦しむ。
 高橋監督のインタビュー記事を方々で見る度に、
 その後の苦悩を如実に感じてしまう

ボトムズという作品を愛してきたひとたちのおおくは
その愛ゆえに『赫奕』という新たなる物語を拒みました

そのおっきな要因はフィアナの死です

だからこそファンにいちばん近い
『本編の担い手』であるココナにこそ
決して癒されることのないキリコの孤独を
読者にわかりやすくつたえられる

「生きている限り私は彼を愛するだろう」という
赫奕でのテイタニアの言葉には
自分がキリコのために生まれたのだと悟り
すべてを捨て彼を追おうとする純粋な心を感じた

わたしはフィアナが託した
彼女のキリコへの想いをしんじてたので
孤影での彼女の言動
そして
例えいかなる理由があろうとも
父親の元に還った彼女にがっかりしました
じつは結構がっかりしたんです

あんたのキリコへの愛って
そんなもんかよって

ぶっちゃけおもいました

それでも
彼女の立場も理解しなくっちゃって
おもってたんです(・ω・)

今回の孤影読むまでは

そうなんです
ココナがテイタニアにキリコの孤独をつたえるとき
テイタニアがすべてを悟っていては
読者につたわりにくいのです

テイタニアが読者と同じように
ココナの言葉を『反芻』することで
より深い感情移入が得られるからです

そして
異能生存体を追う存在との戦いに描かれる
キリコの『特異性』と
ココナの語るキリコの『孤独』とが重なり
フィアナの死の意味を伝えようとしてる

『特異』であるが故の『孤独』
彼の『孤独』が『特異』によるものであるとすれば

残酷なことだけど
フィアナの死という彼の孤独も
彼の異能の力によるものなのだとおもう

だから今際の際に彼女は
最後の力すべてをつかってキリコを抱きしめた

「約束したわね‥」に
「すまない‥」とかえすけれど

責めたわけじゃない
「あなたとの約束は私の意志なの」って
いいたかった

孤独なあなたの側にいられない
けれど目覚める時がわたしの最期なら
どうしても側にいたい
いなければいけないという
フィアナの想いをあのとき確かにかんじたんです


その赫奕での反響を踏まえてのこれは『反芻』
キリコの持つ運命と孤独
フィアナがテイタニアに託したもの
そしてテイタニアの想いの
”再確認”なのだと
今回の孤影でとがにゃんなりに理解しました

また同時に監督の作品の生みに対する苦しみと
しかし揺るぎないスタンスを感じました
良輔監督ばんざい♪(´ω`)

そして物語の新しい何かはきっとキリコもしらないの
風もしらない 監督だけがしっている♪(笑)

ひとんちなのについ熱くるしく語ってしまいまちた
| |ω・)oO(ごめんにゃさい)

投稿: とがにゃん | 2007年3月10日 (土曜日) 14時21分

>とがにゃんさん

まいど。

32年という時間の設定も、ゴウトがギリギリ健在な時間だと、インタビュー記事で読んだ事があります。

それで「孤影」では、テイタニアとココナが相対する構図が実現した。全てをかなぐり捨てて行ける程「第13階位秩序の盾」の称号は軽くない。汎銀河的組織マーティアルは、その教義とともに闘争を司る。形骸化したとはいえ、立場を崩せずに立ち振る舞うものの、ロッチナやココナに核心を突かれるとグラグラ揺れる。

テイタニアは間違いなくキリコに向かうだろうが、そう易々と行かせてくれないのがボトムズなんでしょうね。

連載って、何回ぐらい続くんでしょう?

それにしても、とがにゃんさん、相変わらず熱いですねぇ。すっかり復活していて、安心しました。

投稿: 只野 | 2007年3月10日 (土曜日) 16時06分

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